集いを歓びに

Vol.1 福岡伸一さんインタビュー

夏休みに多くの子どもたちが集い、科学や芸術、スポーツのさまざまなイベントに参加した「丸の内キッズジャンボリー2012」(8月14日~16日)。この“学校では学べないことが学べる、どこにもない学校”で、初代「TIFワンダーキャンパス校長」に就任されたのが生物学者の福岡伸一さんです。福岡さんが子どもたちに伝えたメッセージについて伺いました。

■長い子ども時代に抱かれる“センス・オブ・ワンダー”

 私が子どもたちに伝えたかったこと。それは、急いで大人にならなくていい、子ども時代にしかできない大切なことをたくさん経験してほしい、ということでした。人間は、他の生物たちと比べると、子ども時代が非常に長いんですね。なぜ長いかというと、その時間は豊かな知性や感性を育てる大切な時期だからです。そこを土台として、人は大人になっていきます。子ども時代に経験したことが、その後の人生を方向付けると言えるでしょう。

 豊かな知性・感性は、何かを見つけて驚く心や、それを発見する喜び――アメリカの生物学者レイチェル・カーソンが「センス・オブ・ワンダー」と呼んだもの――によって育ちます。「センス・オブ・ワンダー」は、何かをじっと見つめたり、何かにじっと耳を澄ませるといった行為から生まれ、興味の対象を探求していく好奇心につながります。

 私の場合は、昆虫が大好きな虫取り少年でした。小学1,2年生の頃から採集に出かけ、幼虫を育て、標本を作りました。生物の世界に夢中になるうち顕微鏡に興味を持ち、そこで顕微鏡のルートをたどってみると、発明者のレーウェンフックという人を知りました。彼はオランダの小さな街の出身で、そこには画家のフェルメールという人もいた。今度はフェルメールの絵画を全部見てみよう・・・・・・と、子ども時代に抱いた好奇心が、大人になった今でも続いています。

■子どもたちにさまざまな水辺を用意した「丸の内キッズジャンボリー」

 大人になってしまうと、仕事に成果や期限を求められるので、効率よく動かなければなりません。しかし子ども時代の営みはそれとは違い、結果や時間を気にせずに、じっくりと自分の好きなものと向き合い、豊かな好奇心を伸ばすことができます。虫捕り網を持って出かけても、蝶は一日中現れないかもしれません。でもその日はずっと風に吹かれ、その気持ち良さを発見できるかもしれません。結果に行き着くまでのプロセスの中にこそ、豊かさはあるということ。それを知ることが大事なのです。

 科学の世界では、予測した結果が出るとは限らないし、出ないことはいくらでもあります。そういう時は、成果や効率などはまったく意味をなさなくなります。今の社会は成果主義・効率優先のようになっていますが、本当に大切なことは、そこだけにあるのではない。それを子供の頃に、ちゃんと確認しておいてほしいと思います。

 プロセスにある豊かさを、大人が教え込むことはできません。「馬を水辺に連れて行くことはできるが、馬に水を飲ませることはできない」という諺があるそうです。いくらおいしい水でも、子どもに無理やり飲ませることはできません。でもその水辺に連れて行ってあげることはできます。

 「丸の内キッズ・ジャンボリー」は盛りだくさんのプログラムで、子どもたちに様々な水辺を用意してあげるイベントです。子どもがいろんな水辺に近寄り、それを覗き込む。私の昆虫少年時代やフェルメールの絵画の話を、小学生たちが目を輝かせながら聞いてくれましたし(ワンダーキャンパス講座「福岡ハカセの好奇心」)、「校長室」に展示した、私の集めた昔の切手や銀貨、生きたカミキリムシなどを見ては、こちらがたじろぐほど、たくさんの質問を投げかけてくれました。ここから先は、もう子どもたちの自由です。彼らが出会ったセンス・オブ・ワンダーを、自由に羽ばたかせてほしいです。

■人と集うことは、学びの「場」を共有すること

 人が人と集うと、予期せぬ反応が起こります。もし単に情報を得ることだけが目的ならば、直接人と会わずとも、インターネットを通じたり、テレビ会議でも十分です。しかし人生とは、文字通りライヴLiveなもの(英語で「生きる」の意。livesという単語はlife「人生」の複数形)。どの瞬間も一回限りの生き生きとした場面です。「学校」のような場や、今回の「キッズ・ジャンボリー」のようなイベントに出かけ、人々とその場を共有すると、そこには自分の考えていたことと違うこと、つまり心地の良い裏切りが起こります。思っていたほどは面白くないかもしれないし、思っていた以上のお話が聞けたり、新しい友達ができたり・・・・・・。それは目的に向かって一直線に進むということとは違います。実際に行ってみて、その場で体験することでしかわからないことや、その場所から見える風景を知る。「学ぶ」とは、そういうことではないでしょうか。人が人と集うということは、学びの大事なステップであると思います。

(取材・構成:飯田有抄)

プロフィール

福岡伸一さん
生物学者1959年東京生まれ。京都大学卒。青山学院大学教授。ベストセラー『生物と無生物のあいだ』(サントリー学芸賞、中央公論新書大賞受賞)、『動的平衡』ほか、「生命とは何か」を分かりやすく解説した著作を数多く著す。他に、阿川佐和子さんとの共著『センス・オブ・ワンダーを探して』、『動的平衡2』、『フェルメール 光の王国』、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』など。最新刊は『生命と記憶のパラドクス』。また、自身が監修をつとめる、最新の印刷技術によってデジタル複製したフェルメールの全作品を展示する「フェルメール 光の王国展2」が「フェルメール・センター銀座」にて11月30日(金)まで開催中。

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