集いを歓びに

Vol. 6 福澤武さんインタビュー

 東京国際フォーラム周辺一帯は、「大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリア」と呼ばれ、ビジネスの中心地として発展するとともに、この10年余りで人々がショッピングや芸術鑑賞なども楽しめる街へと変貌を遂げてきました。ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン(以下「LFJ」)音楽祭実行委員長の福澤武さんは、1961年に三菱地所に入社し、1994年に三菱地所株式会社取締役社長に就任され、まさにこのエリアの「まちづくり」を推進してこられました。現在も三菱地所株式会社相談役としてご活動されるお立場から、音楽と「まちづくり」の関わりについてお話していただきました。


■働く人には「文化的活動」が必要である

 私は昔から「まちづくり」を仕事にしてきました。「まちづくり」とは、立派な建物を造り、道路整備を行うといったハード面の事業と考えられ、開発を行う事業者は「デベロッパー」と呼ばれてきました。
 街で活動するのは私たち人間です。人間というのは、文化を創造し、それを次の世代に伝える存在です。そういう営みを行うのは、生きとし生けるものの中で人間だけなんですね。他の生物は世代交代を繰り返すだけですが、人間は音楽・美術・文学・哲学といった文化的活動=ソフト面の活動も行いながら歴史を築いています。
 ですから、人々が生き生きと働き生活する「まちづくり」を行う上でも、文化活動というソフト面を重視しながら進めるべきだと私は考えています。
 その意味でも、東京国際フォーラムでLFJのような音楽祭が開かれることは、とても意義あることだと思います。大手町・丸の内・有楽町エリアはビジネスの街として発達してきました。働く人たちにとっても、文化的活動は必要です。というのも、音楽や美術は、それに触れて癒されたり元気を与えられるというだけでなく、自分が経験したことのない世界を知り、そして哲学的に物事や人生について深く考える契機を与えてくれるものだからです。
 私は毎年暮れにベートーヴェンの第九を聴きます。聴きながら、はじめは自分の一年を振り返り、しだいに自分のこれまでの生涯に思いを馳せます。あの作品には「天地創造」を感じさせるものがあり、私の考えはやがて宇宙誕生の瞬間や、自分の存在とは何だろうといった哲学的・宗教的なことにも巡っていきます。もちろん音楽は、聴く人それぞれの解釈があり、その日の気分によって受け止め方は変わるでしょう。芸術の鑑賞の仕方はいろいろあっていいのです。しかしそれぞれに何か考えさせられるものがあるはずです。
 今日の経済的な問題は、マネーゲームのプレイヤーたちが、目先の利益だけを追求し、ややこしい仕組みを考えて儲けようとして、それが破綻した結果です。金儲けは決して悪いことではありません。しかし、自分の人生やスタンスというものをしっかりと考えずに、金儲けのための金儲けに走ってしまうと、破綻を引き起こしてしまうのです。ですから、ビジネスの世界にいる人たちにとっても、音楽や美術や哲学といった文化活動は、彼らのスタンスをしっかり考える上で必要なものだと思います。
 LFJは、この地域で働く人ばかりでなく、多くの人々にとっても、クラシック音楽を近づきやすいものにしてくれました。日頃なかなか音楽会に行けない小さな子供たちやお母さんたちも音楽を楽しめるというのもいいですね。一公演が45分と短く、低価格で、いくつものコンサートをハシゴでき、しかも演奏家は若手を中心とした一流ぞろい。クラシックの敷居を低くしつつも、良質な音楽を提供するというルネ・マルタン氏のコンセプトに、私は大いに賛同しています。


■芸術活動を重視した「まちづくり」

 日本は右肩上がりの経済成長を遂げていた時代、都市に人口が集中し、住宅や働く場所が求められました。「デベロッパー」たちは野山を切り開くようにして、次々と新しい街を築いていきました。ところが昨今では経済成長が止まり、人口も減少し始めました。こうなると新しい街を作る必要がなくなり、環境問題に対する認識が高まります。次第に「開発」という言葉が、「環境破壊」と同義と受け止められるようになったようです。
 ところがある研究会で聴いた学者の話によると、「開発」という言葉は、「衆生の善根を開発(かいほつ)する」という仏教の教えに由来するそうです。善根というのは、生きとし生けるものが本来備え持っている特性のこと。人間の特性を開いて発揮させることが「開発」なのであれば、「まちづくり」とは、まさにそのコンセプトと一致していると思いました。ですから、私たちのような事業者は「デベロッパー」というよりも、将来図を描き、それに向かって進んでいく「プロデューサー」や「デザイナー」という言葉が相応しいのかもしれません。音楽や美術などの芸術活動に対しても目配りを欠かさず、人々が能力を余すところなく発揮して生き生きと働き、活動する場所を作るべく、さまざまな提案をしていきたいと思っています。
 たとえば演奏会のあり方も柔軟にすべきだと私は提言しています。オーケストラの演奏会は通常2時間で構成されていて、途中20分の休憩の前後には協奏曲や交響曲といった大曲がおかれています。しかし、どちらかだけを聴けるようなシステムがあってもいい。LFJは一公演が短く、自分の好きな曲だけを選んで演奏会に行くことができます。既製の枠組みにとらわれない新しい音楽会の形を実現しました。こういった柔軟な姿勢を、日本の音楽界も取り入れていくべきだと思います。
 LFJは来年で早いもので10年目を迎えます。この10年で聴衆の皆さんの耳もずいぶん肥えてきたのではないかと思います。そのためにも、音楽祭の質は絶対に落としてはいけません。拡大路線を取ることなく、質の高いままに多くの人々を受け入れる音楽祭でありつづけるべきだと思います。


■「集い」とは、間柄(あいだがら)的存在である人間の集まり

 「人間とは、間柄的存在である。」倫理学は、まずこの考え方からスタートしています。人間は一人では生活できません。人と人とのつながり、関係が非常に大切なのです。しかし、それと同時に一人一人の「個=individuality」も大切です。個をしっかりともった人々の集い・結びつきであればこそ、「集い」は意味のあるものになるのだと思います。
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丸の内仲通り写真提供:三菱地所株式会社

プロフィール

福澤 武(ふくざわ たけし)
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン音楽祭実行委員長、三菱地所株式会社相談役、一般社団法人大手町・丸の内・有楽町まちづくり協議会会長

1932 年東京都生まれ。1961 年慶應義塾大学法学部卒業、1961年三菱地所株式会社入社。
営業部長、取締役営業部長等を経て、1994 年より取締役社長。2001 年取締役会長、2007 年6 月相談役に就任。

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