集いを歓びに

Vol.5  近藤誠一さんインタビュー


 文化庁長官として、日本の文化芸術を守り、育て、その力を日本社会の活力へとつなげる活動に取り組む近藤誠一さん。個人的にもクラシック音楽への造詣が深く、前職である外交官時代には、フランス・ナントのラ・フォル・ジュルネ音楽祭にも3度訪問されたとのこと。多くの人が集う音楽祭というイベントの力についてお話を伺いました。


■音楽と音楽祭のもつ力

 私は外交官時代に本場フランス・ナントのラ・フォル・ジュルネ音楽祭に足を運び(2007、08、09年)、日本の庄司紗矢香さんや児玉桃さんといった演奏家たちの活躍ぶりを目にしてきました。
 日本に帰国し、文化庁長官として東京国際フォーラムでの音楽祭を初めて体験できたのは2011年のことです。この年の3月11日に東日本大震災があり、安全性への懸念、来日予定アーティストのキャンセルなどによって、音楽祭そのものの開催が危ぶまれました。しかし、「今の日本ほど音楽を必要としている国はない」と考える人々の働きかけで、縮小規模ながらも開催されました。それによって多くの外国人の善意が顕在化し、日本の社会に活気がもたらされ、音楽祭の力が示されのではないかと思います。

 あの震災直後、演奏会の自粛ムードが続くなか、あるオーケストラの演奏会が開かれました。指揮者は被災地へのお見舞いを述べるともに、ショスタコーヴィチの交響曲第5番の解説として「苦しみと、それを克服する希望」について語りました。演奏中は楽団員と聴衆とが、まさに音を通じて一体となり、誰もが被災地に向けて思いを一つにしていることが手に取るように感じられました。終演後はロビーで義援金箱に人々が押し寄せ、音楽の力を強く感じました。

 その直後、私は文化庁長官として、芸術活動は縮小させることなく、文化の力によって国民ひとりひとりの活力を取り戻すべきだとするメッセージを発信しました。音楽や美術などの文化芸術は、人々に安らぎや癒しをもたらすだけに留まらず、社会に活力や希望をも与えてくれるのです。

■市民の生活に溶け込むラ・フォル・ジュルネ

 文化芸術活動が活性化するには、アーティスト、観客、場所(ホールや美術館など)、サポートする行政、この4つがひとつに結びついていくことが大切です。とくにホールや美術館は、お客さんとアーティスト、つまり需要と供給とを結びつけるシステムという重要な役割を担っています。ところが日本ではこのシステムがまだあまり強くはありません。お客さんが鑑賞したいものと、新しい企画とのバランスを考えなければならず、つねにクリエイティブな姿勢が求められます。行政もそれをサポートしていく必要があると思っています。

 そうした点からも、ラ・フォル・ジュルネ音楽祭は魅力ある試みです。毎年、国や時代にまつわるテーマがあって、さまざまな作曲家や編成の作品がいくつも聴けるコンサートが気楽に楽しめます。クラシック音楽の敷居を少し低くしつつ、かつ芸術としてのレベルは決して落としていない。子ども連れの家族が気楽に楽しめるクラシック音楽のイベントとして、その目的を立派に果たしています。東京国際フォーラムはホールの数が多いですし、駅に近くてアクセスもよく、オープンな雰囲気です。周囲には屋台からレストランまでが並び、音楽と一緒に食べ歩きも楽しめます。ゴールデンウィーク中の市民の生活にすっかり溶け込んでいるな、といった印象です。

■人との集いの中で、知性と感性を磨く

 音楽ホールに出かけると、生演奏に感動するばかりでなく、そこで出会った人たちと音楽や美術や食などについて語らうこともあります。人間同士のインターアクションが生まれ、ダイナミックな知識との出会いと成熟があります。職業や境遇の異なる人との交流ともなれば、社会の側面を知ることにもつながります。それも演奏会に出かける楽しみの一つです。
 
 私は現在さまざまな大学を回って、文化芸術活動をテーマに学生たちと議論する「白熱教室」を展開しています。「芸術は社会に役立つか?」といった問題を提起すると、学生たちから積極的な意見が出されます。文化芸術のあり方に「正解」はありません。しかし、人と集い、一つのテーマについて語らうと、相手に対する理解が深まるだけでなく、頭の中でもやもやとしていた自分の考えも言葉していくことで、自分自身のこともわかるようになります。意見を発すれば、相手からまた新しいアイディアがもたらされます。そうした中で、人の考えや感性は高まり、磨かれていくのです。

 今年の音楽祭のテーマは「パリ、至福の時」です。パリといえば、さまざまな国や分野の芸術家たちが集い、自由に議論し、作品が生み出されてきた都市です。現代の東京や京都も、外国から来た人たちが驚くほど、現代アート、オーケストラ、伝統工芸や芸能などが息づいており、魅力的な都市となっています。分子生物学の村上和雄先生によれば、人は芸術等に触れて感動しポジティブに心が動くと、日頃は眠っている98%の遺伝子が活性化し、身体によい働きをするそうです。現代の日本に生きる私たちも、人が集まる芸術活動の場に積極的に足を運び、自分自身と社会の活力を生み出していきたいものです。

(取材・構成/飯田有抄)

プロフィール

近藤 誠一(こんどう・せいいち)

1946年神奈川県生まれ。1971年東京大学教養学部教養学科イギリス科卒業,同大学院法学政治学研究科を中退し,1972年外務省入省。1973~1975年英国オックスフォード大学留学。国際報道課長,在フィリピン大使館参事官,在米国大使館参事官,同公使,経済局参事官,同審議官,OECD事務次長,広報文化交流部長,国際貿易・経済担当大使等を歴任。2006~2008年ユネスコ日本政府代表部特命全権大使,2008年駐デンマーク特命全権大使。2010年7月30日より現職。
【叙勲】
フランス共和国 レジオン・ドヌール・シュバリエ章(2006年)
(日仏文化交流への貢献)
チリ共和国 ベルナルド・オヒギンズ・大十字章(2007年)
(日チリ経済連携協定締結への貢献)
デンマーク王国 ダネブロー勲章大十字章(2010年)
(日本・デンマーク友好関係への貢献)

【著作】
『ミネルヴァのふくろうと明日の日本』かまくら春秋社(2012)
『外交官のア・ラ・カルト』かまくら春秋社(2011年)
『文化外交の最前線にて』かまくら春秋社(2008年)
『歪められる日本イメージ(再版)』かまくら春秋社双書(2006年)
『パリ マルメゾンの森から』かまくら春秋社(2005年)
『歪められる日本イメージ』サイマル出版会(1997年)
『米国報道にみる日本』サイマル出版会(1994年) 他,著書,執筆多数



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