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建築物について

建設の経緯

1985 (昭和60) 年8月 「東京都シティホール建設計画基本構想」発表 (※)
1986 (昭和61) 年1月 「東京都東京国際フォーラム建設等審議会」発足
1988 (昭和63) 年12月 東京国際フォーラム国際公開設計競技概要発表
1989 (平成元) 年11月 同上審査結果発表
1990 (平成2) 年3月 ラファエル・ヴィニオリ氏と設計委託契約締結
1990 (平成2) 年8月 基本設計完了
1991 (平成3) 年5月 実施設計完了
1991 (平成3) 年12月 埋蔵文化財調査開始
1992 (平成4) 年10月 着工
1996 (平成8) 年5月 竣工
1997 (平成9) 年1月 開館
1997 (平成9) 年3月 一般貸出開始

※ 東京都シティホール建設計画基本構想
東京の各地域が、それぞれの特性に応じて活性化しながら多心型都市構造に転換し、また、東京の歴史と伝統を踏まえ、国際都市東京の新しい顔を創造していくという観点から、新宿地区に新都庁舎を、丸の内地区に東京国際フォーラムを建設するという構想。

設計コンセプト

主要かつボリュームの大きいホールA・B・C・DとホールE、それらと密接な関係のある会議室群の配置とはいかなるものか。またそれらをつなぐロビーはどうあるべきか?ラファエルヴィニオリの解答は、中央にロビーを置き周辺に主要空間を均等に配置したダイアグラムを、そのまま敷地の中に合理的に配置したものでした。

各ホールは振動騒音の影響の少ない敷地西側の空中に浮かせる形で大きさの順番に北側から並べられました。最も広い面積を必要とするホールEは地下に2層吹抜けの空間として設け、そのボリュームが顕在化しないように地下コンコースの空間と視覚的に一体化させています。会議室群は3層のベルト状のブロックとしてJR側の敷地境界線に沿って配置されました。

こうして分散配置した主要施設を均等に連絡するロビー空間は、一つのオブジェクトとして光溢れかつ輝く空間とするためと、4つのホールの足元に生まれた地上広場を視覚的に一体化させ、より広いパブリック空間として認識できるようにするため、透明なガラスで覆われました。

各ホールのロビーは地上広場に面して徹底して開放的にしており、地上広場の静かなパブリック空間に対しては最大限に開いています。静かさを必要とする施設を守る一つの方法として、外に閉じて内に開く構造となっています。「この建物は外部に対して閉鎖的である」という声をいただきますが、それはこうした理由からなのです。

  • 設計コンペの概要

    1987年に「東京国際フォーラム国際公開設計競技概要」を発表し、1989年に審査結果発表。
    日本で初めて行われた国際建築家連合 (UIA) 公認の国際設計協議会。 50カ国参加。応募数395点。

  • 設計者

    ラファエル・ヴィニオリ (Rafael Viñoly)

    米国。1944年ウルグアイ生まれ。
    代表建築物「ヴエノスアイレス市銀行」他

  • 工費

    1,650億円

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